小学生のころ雲が形を変えるのが不思議でした。
朝礼のときはそれを眺めているだけで校長の催眠術から
逃れることができました。
まわりの生徒たちは催眠術が聞いてきたのか、
あくびをかみ殺しているかもしくは
あやつられたかのように前の生徒の脇腹をつついては
知らん顔をしています。
ぼくは雲を眺めながら思うのです。
「あの雲はだれが見てもらいおんに見えるのだろうか」と。
喜文です。
コンバンワ☆
前にいる安井の背中をつついて、
ぼくは聞きました。
「あの雲、どう見える?」
「ああ、少し機嫌がわるそうだな」
おまえは雲の気持ちがわかるんか!!
ぼくはらいおんに見えるかどうか形を確認したかったのに、
安井は見事にぼくの意図をくみ取ってくれませんでした。
彼との友情の糸がここで切れたのは言うまでもありません。
後ろの山本に聞いたら、
「あれはゴルバチョフだ」
きっぱり宣言しました。
それはもう一切の迷いなく山本は言った。
まるで自分の名前を言うかのように。
ゴルバチョフの名を出してきた。
ゴルバチョフ。
ソ連最後の大統領です。
もう知らないひとが増えてきてるかもしれないね。
彼との友情の糸が─。
深く絡まったのは言うまでもありません。
自分の目で見ているものと、
他人が見ているものはちがうのか。
そう気づいたぼくはいっそう雲を眺めているのが好きになった。
自分だけ、空に龍が泳いでいることに気づいている。
これはとても魅力的な時間のつぶし方だった。
ぼくはそれを思い出した。
ゴキブリを押し入れに閉じ込めて
布団に入ったけれど
カサカサという音がするたびに
浅い眠りから起こされる、
うだるような暑い真夏の夜に。
ぼくは眠るのをいったんあきらめました。
ベランダにでて空の雲を眺めようと思ったのです。
ぼくは馬鹿です。
真夜中でも空の雲はたしかに流れているのでしょうが、
それを見ることができません。
そのことに気づいたぼくは、
コンビニにゴキジェットを買いに向かったのです。
素足にビーチサンダル、ポケットに軍資金の千円札を忍ばせて。
ゴキ次郎とマンションの部屋の居住権を賭けた戦争をするために。
そうそう、安井があの雲、少し機嫌がわるそうだなと言ったその日は
午後から雨が降りました。
2006 8月6日 kibun
名言メモ
大人とは、裏切られた青年の姿である。
太宰治